甲州光沢山青松院


【心の杖言葉】

壺中日月長

コチュウ ジツゲツ ナガシ
 「壺中天あり」という言葉があります。中国の話です。役人が上の方から毎日町中を見ていると、商いをしている一人の老翁がきまって夕方になると、店を閉め、壁にかけてある壺の中に隠れて消えてしまいます。 仙人に違いないと思い、ある日、ぜひ私も連れて行ってもらえないかと頼み込み、では、ということになり、気が付くと、そこは金殿玉楼の景色の良い所、中へ案内されて数時間の歓待を受け帰されたが、帰ってみると十年以上も経過していたという話です。

 壺中天はいろいろ解釈できますが、悟りの妙境(といえば言い過ぎでしょうか)ともとれますし、私たちのかけがえのない余暇、休息、趣味の時間ともとれます。 スポーツ選手がよく体感する「ゾーンに入る」とはまた趣を異にしますが、思わぬ人が思わぬ高雅な趣味を持っているのを発見した時、壺中天という言葉がしっくりきます。 私たちもまたそれぞれの壺中天を持つことにより、日常生活、俗生活が救われていることは経験するところです。「日月長し」は限られた人生、有限なる時間の中で、壺中天を持つことにより、「永遠」に触れ、いのちあることの不思議、よろこび、別天地を味わうことです。

 忙中閑あり、苦中楽あり、死中活あり、壺中天あり、意中人あり、腹中書あり ― 六中観です。

(令和3年9月秋彼岸)

「少くして学べば 壮にして成すあり>」(言志四録)
「而今の山水は古佛の道現成なり 朕兆未萌の自己なるがゆゑに現成の透脱なり」(山水経)
「過則勿憚改」(論語学而)
「西行の和歌における、宗祇の連歌における、雪舟の絵における、利休が茶における、その貫道するものは一なり」(笈の小文)
「岐路こそまさに愛すべし」(楊朱)
「朝(アシタ)に道を聞かば 夕べに死すとも可なり」(論語 里仁から)
「億劫相別而須臾不離(億劫に別れて須臾も離れず)」(大燈国師)
「苦悩を貫き 歓喜に至れ」(Beethoven)
「春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて すずしかりけり」(傘松道詠)
「よろこびは ひゃくぶんのいちの しんいっぽ」(虚仮子)
「人生はいばら道、されど宴会」(樋野興夫)
「念ずれば花ひらく」(坂村真民)
「生きるとは 死ぬときまでの ひと修行」
「為君幾下蒼龍窟(君がため幾たびか下る蒼龍窟)」
「衆生無辺誓願度(しゅじょうむへんせいがんど)」
「されば、人、死を憎まば、生を愛すべし。存命の喜び、日々に楽しまざらんや。」(吉田兼好)
「希望 工夫 気迫 感謝」(松原泰道)




【山内より】

コロナ禍、早く終息して皆様の前で演じることができますように祈りをこめて。

(令和3年7月 青松院併設光の森こども園年長児)

 本年も花祭りは無観客で関係者だけで奉納しました。光の森こども園「森のホール」にて立派に演じることができました。

(令和3年4月)





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